謡う鯨

映画やドラマを観たり芸術について考えたり書籍やコスメを爆買いしたりする。SF小説が好き。美術館や博物館にしばしば出現します。

映画【箪笥】 時系列と事実関係まとめ(書き途中)

箪笥〈たんす〉

監督:キム・ジウン
製作:2013年

 

ホラー映画として紹介されることが多い作品ですが、怪奇描写に加え時系列がバラバラに進むため、サスペンス、ミステリ的な謎解きも多い作品だとおもいます。主人公スミは『信用できない語り部』と言えるため初見だと「???」となったのですが、わかりやすいまとめページがなかったので、自分用に登場人物、時系列と事実関係をまとめてみました。
※折りたたみ以後のページはネタバレを多分に含みます。視聴後に読むことをお勧めします。

 

【登場人物】

[開始時存命]
 ・スミ
 ・父
 ・小鳥
 ・ウンジュ(白衣、ナース着、スーツ、黒い服。看護師?)

※実在するウンジュ→家族写真の中に混ざった白衣のウンジュ、はじまりの事件以前に家に訪れスミと言い争う黒ハイネックのウンジュ、スーツで現れるウンジュ

[死亡]
 ・悪夢の少女たち(怨霊①)
 ・母(怨霊②)
 ・スヨン(怨霊③)
死亡した人物は怨霊や悪夢として登場します。
また、同じ名前と顔であっても、妄想の症状が悪化したスミが(それと気づかず)演じている人物がいます。

[スミの妄想(別人格)]
 ・ウンジュ(継母)
 ・スヨン(退院以降)
※スミが演じている時の特徴。→向精神薬を手渡されるウンジュ。スミ、スヨン、ウンジュの生理が同じ日に来る。スミにしか話しかけない父親…

 

【時系列順】

・4人家族が郊外の邸宅で暮らしている【パーティーの写真】
・母、病気になる。(写真やウンジュが訪れた時点ですでに顔色がやや良くなかったので、すでに発症していた可能性もある。また、後述の薬瓶の描写からも精神疾患だったと考えられる。スミが違う現実を見ていたように、母にとってはウンジュが自殺の動機のひとつになった可能性は残る)
・ウンジュが家に招待される。心なしか表情が暗い母。スミ、会食の席で中座。スヨンにあたる看護師ウンジュ。スヨンを慰める母。
スヨンの部屋の箪笥の中で母が自殺。倒れる薬瓶。箪笥が倒れ、巻き込まれるスヨン。看護師ウンジュ、ミヒ(ソンギュ妻)、父、スミ、が物音に気づく。
・看護師ウンジュ、2階に行くが、まだ生きて助けを求めるスヨンに背を向ける。戻ろうとするがスミと遭遇。
・スミはウンジュと父の関係を疑っている。スミ「頼むから家族のことに関わらないで」 ウンジュ「お前はこの瞬間を一生後悔するかも」
・ウンジュを避け出かけるスミ。家を振り返るが戻ることはなく、看護師ウンジュも助けなかったため、スヨンそのまま死亡。
・スミ、精神に異常をきたし入院。
・スミ、退院。【オープニングシークエンス】(後述の継母ウンジュの服が同じものばかりのことを加味すると、入退院を繰り返している可能性あり)
・スミが家に戻る。実際に家に帰ってきたのはスミと父のみ。
・桟橋に行くスミと妄想スヨン。→妄想。同乗するスヨン、継母との会話はスミの頭の中でのみ起きている。
・時計の時間合わせ(やり直しのメタファー?)
・同じ服ばかりの継母ウンジュのクローゼット(後述のシーンで服が変わっていなかったのをみると、嫌な女のキャラクターとしてのウンジュ、繰り返しのメタファー)
・電話する父(実在ウンジュに電話)
・スミ、妄想スヨン、妄想ソンギュ、父の食事。→事実&妄想。実際に父に話しかけているのはスミだが、父に妄想人格は見えていないのでソンギュの語り掛けに父はまとも取り合わない。 薬を手渡される妄想ソンギュ。→実際に渡されているのはスミ。
・籠の鳥(そのまま暗喩。スミは後悔から抜け出したくても抜け出せない。)
・妄想スヨンの部屋の扉が開き、いきなりスミのベッドの中にいるスヨン。「箪笥がこわい?」
・継母との会話。水を飲むスミが血まみれの指のようなものをみつける。
・スミの悪夢(過去の住人の怨霊。)原作、『薔花紅蓮伝』のオマージュ。指の怪異の正体?
・黒い人影→怨霊②(母の怨霊)
・妄想スヨン、継母、スミに同時に生理が来る。→妄想&現実。スミに生理がきた
・スミの体調をしつこく気にする父親(退院したものの妄想が出ているため)と、箪笥を片付けて欲しがるスミ、「片付けないと約束した」という父。
・竹林を歩くスミ、気配を感じる(『薔花紅蓮伝』オマージュの姉妹の怨念?)→怨霊①

・スミ、鳥をひねり殺す→事実
・鳥が死んでいることに気づく妄想スヨン。→妄想&事実。実際は妄想状態のスミが死んだ鳥を発見。誰かの気配→怨霊?

・母の遺品の写真を眺めるスミ。家族写真の中にウンジュ登場(白衣、看護師ウンジュ以外は妄想の可能性が高い。また、4人の家族写真の時点で母の顔色がどことなく悪い。家族写真に無理やり合成されたようなウンジュ)→事実&妄想

・遺品や写真をもらう妄想スヨン→妄想
・継母ウンジュ「悪さをしたら罰を受けるのは当然」「まだ病気が治ってなかったの?」→スミの妄想。後悔や罪悪感、病気ということで取り合ってもらえないもどかしさを持ち続けているスミからスミ自身への言葉とも言える。
・スミ「汚い手で触らないで」→妄想?スミは父の不貞で母が自殺したと考えている。(が、おそらくは母の具合が良くないので父が看護師であるウンジュを呼んでいた?ただし、スミの目に看護師ウンジュはよく映らなかったし、実際折り合いも悪かった。)
・やたらハイテンションな継母ウンジュ、父とソンギュ夫妻の会食。継母ウンジュを演じるスミは躁状態。「覚えていない」「そんな記憶はない」と言われ、「どうして?」と問う。→事実。実際にはスミの記憶だからだと思われる。
・ミヒ(ソンギュ妻)の発作→怨霊(?)ミヒを見て過呼吸、叫ぶ継母ウンジュ→事実だが実際はスミ
・ミヒが見た流し台の下の血に塗れた少女→怨霊③(箪笥に潰されたスヨンの怨霊)
・流し台の下の少女(スヨンの怨霊)と遭遇する継母ウンジュ。(写真のスヨンと同じ緑色のドレスを着ている)→怨霊③
・薬を渡される継母ウンジュ→事実
・流し台の扉が開いている→怨霊③ 鳥が死んでいることに気づく父→事実、スヨンの仕業 鳥の死を知る継母ウンジュ→妄想
・継母ウンジュ、妄想スヨンの部屋に侵入。自分が切り取られ塗りつぶされた写真を見て激昂。鳥の死体がスヨンのベッドに移動。箪笥で折檻→妄想

・父、鳥を埋め、スミを問い詰める。父と話さない妄想スヨン。「スヨンは死んだ」→事実。父にスヨンは見えていない  

・電話する父。「お手上げだ」。相手は看護師ウンジュ
・血まみれの袋を引きずる継母ウンジュ。ゴルフクラブでタコ殴り。→妄想&事実(妄想状態のスミの行動。袋の中身は人形。回想でスミver登場) 

・フレームが割れた緑のドレスのスヨンの写真。床を叩く手(スヨン)。→事実。過去に起きたこと。下敷きになり死んだことを示す。
スヨンのが呼ぶ声を聞くスミ。床の血の跡。→妄想
・開かない袋。見つからない鋏。→事実 薬を飲む継母ウンジュと継母ウンジュの服を着たスミ。→妄想。実際に薬を飲んでいるのはスミ

・やかんをもって迫る継母ウンジュとスミの取っ組み合い。刺される継母ウンジュ。→妄想 スミ倒れる。→事実
・継母ウンジュに引きずられるスミ。→妄想 
・継母ウンジュとスミの会話。→妄想。スミからスミへの言葉と言える。
・石膏像で殴られるスミ→妄想&事実。石膏像に実際にぶつかっている。
・スミを父が発見。→事実

・割れた薬棚と緑の薬瓶(緑色は精神疾患のメタファーとして使われることがある)。人形(袋の中身)
・薬を渡される継母ウンジュ→妄想&事実。実際に渡されているのはスミ
・継母ウンジュ(スミ)とスーツ姿の看護師ウンジュ(本人)の邂逅
・スミ、継母ウンジュだと思っていたのは自分自身だったと気づく。スミ、薬を飲む
・スミ、再び入院。看護師ウンジュの手を離さないスミ看護師ウンジュ力づくで剥がす。

スヨンの名を口にするスミ
・看護師スミがダイニングに座っていると、口笛が聞こえる。2階に上がる足跡が血で濡れ、寒さに震えるスミ。→怪異③
・病室で涙を流すスミ

2020年鑑賞映画タイトル一覧

2020年に見た映画

1/1  :ビクラムの正体 ヨガ・教祖・プレデター

1/7 :ピュ〜ぴる

    :シークレット・オブ・モンスター/ The childhood of a Leader

1/10:シン・ゴジラ

1/16:A Lego Brickumentary

1/19:ICHI

      :GODZIRA

      :どろろ

1/26 :さまよう刃(2014)

1/27:甲鉄城のカバネリ 海門決戦

2/6:ナイブズ・アウト

  :パラサイト

2/10:アメリカン・ファクトリー

  :アイリッシュマン

2/11:ELI

2/22:エスター

  :コンテイジョン

  :アイスランドの迷宮:未解決事件

2/24:MWームウー

2/26:グレートハック SNS史上最悪のスキャンダル

2/28:鑑定士と顔のない依頼人

2/29:マデリンちゃん失踪の真実

3/20:風が強く吹いている

3/23:スポンジボブ 海のみんなが世界を救woo!

3/24:空の境界〈俯瞰風景〉

  空の境界〈殺人考察(前)〉

  :空の境界〈痛覚残留〉

  :空の境界〈伽藍の洞〉

3/25空の境界矛盾螺旋

        :空の境界忘却録音

  :空の境界〈殺人考察(後)〉

  :空の境界空の境界

  空の境界未来福音

3/30:二郎は寿司の夢を見る

4/13:スティーブ・ジョブズ(2013)

4/15:Melanie Martinez : K-12

4/16:聖者たちの食卓

4/17:スポンジ・ボブ / スクエアパンツ・ザ・ムービー

4/22:映画 HUGっと!プリキュア♡ ふたりはプリキュアオールスターメモリー

  :映画 プリキュア ドリームスターズ

4/24:怪盗グルーの月泥棒

  :怪盗グルーのミニオン危機一髪

4/26:ジュラシック・ワールド

5/12:ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから

5/15:ゲット・アウト

5/16:サーカス・オブ・ブックス

5/20:26年

5/22:空のハシゴ ツァイ・グオチャンの夜空アート

5/26:Black Hollow Cage / 黒い箱のアリス

        :WONDER

6/1:検察側の罪人

6/2:群盗

6/15:THE GIFTED

6/18:三島由紀夫vs東大全共闘

  :Call me by your name

6/19:スティーブ・ジョブス(2015)

6/28:FYRE 夢に終わった史上最高のパーティー

7/14:オールド・ガード

  :華氏119

7/24:まほろ駅前多田便利軒

7/25:新しき世界

7/31:見えない目撃者(2019/日リメイク)

  :キングダム(2019)

8/6:プロメア

8/8:劇場版幼女戦記

8/18:マトリックス

  :マトリックス リローデッド

  :マトリックス レボリューションズ

  :ジョン・ウィック

9/4:ジョン・ウィック チャプター2

9/9:We Margiela

9/14:Alice(シュヴァンクマイエル版)

9/26:アシュラ

9/27:アルカディア

  :バンブルビー

  :マシニスト

  :重力ピエロ

9/29:TENET

        :有罪

9/30:ジュラシック・ワールド 炎の王国

10/2:太陽の塔

10/4:聖なる鹿殺し

10/9:ホース・ソルジャー

  :BURN THE WITCH

10/17:ゲノムハザード

10/21:ブローバックマウンテン

  :BLACK PINK

10/27:32/サニー

11/29:Birds of Pray

11/30:エノーラホームズの事件簿

   :Suffragette 未来を花束にして

12/1:The Girl in the Spider's Web

  :スノーデン

12/2:名探偵ピカチュウ

12/4:レ・ミゼラブル

12/10:A FILM ABOUT COFFE

12/12:脳男

   :秘密 THE TOP SECRET 

12/13:グラスホッパー

   :魍魎の匣

12/23:羊たちの沈黙

   :ハンニバル

12/26:レッド・ドラゴン

12/30:キングスマン

   :キングスマン ゴールデンサークル

12/31:マックイーン モードの反逆児

   :ボウリング・フォー・コロンバイン

【MARK RYDEN / 不思議サーカス】

MARK RYDENという名前を聞いて、あの絵が、画家が、思い浮かぶ人はどれほどいるだろうか。私がこの画集を初めて目にしたのは、2006年の春だった。今となっては、彼の画集も種類が増え、絶版になったものを除けば、以前より手に入りやすくなった。(ありがたい話である)

当時『不思議サーカス』は新刊として、近所の書店に並んでいた。個人経営の書店だったにも関わらず、売れ線以外の書籍も置くのだという信条を掲げていたそこは、今も昔も、お世辞にも外交的とは言えない私にとって、シェルターのように機能していた。ちなみにこの本屋は既に潰れている。当時12歳だった私には、約3000円の画集を一思いに買う勇気も、お金もなかった。そうこうしているうちに画集はその書店から消える。再び出会ったとき、私は16才になっていた。

マーク・ライデンはアメリカの画家。絵本の世界のような不思議生物と少年少女の組み合わせは、一見すると非現実的でほのぼのしているようにすら思える。けれど、不思議サーカスに集録された絵に出てくる生物たちは、多くの場合、血や汗や、涙を流す。責めるように、訴えかけるようにこちらに視線を向けてくる。きっとわたしは、おとなになった今も、彼らの視線に囚われ続けている。風刺に満ち溢れた幻想世界で、夢と現実と悪夢を行き来している。

 

「東京百景・三十六 † 堀ノ内妙法寺の雨降る夜」を読む

読んでから少し時間が経ってしまったけど、この本のことをふと思い返す瞬間があるので、感想のようなものを書く。2019年6月18日読了という記録が残っていました。

東京百景 (角川文庫)

東京百景 (角川文庫)

 

 知らぬ間に文庫版も出たらしい↑

又吉直樹さんが「火花」で第153回芥川賞を受賞して話題になり、二作目の長編「劇場」が出版され、どんどん映像化されていくのをなんとなく横目で眺めていた。私は本が好きだけれど、流行り物が流行ど真ん中の時期は、たいてい一歩引いてしまう。食指が動かないという感覚だろうか。全く興味がないわけではなくとも、たどり着くまでにかなりの時間を要する。ある日、本屋の話題書コーナーに、上記の二作と共に平積みされていたのが「東京百景」の単行本だった。あまり深く考えずに、既に手にしていた本とともにレジに持っていった。装丁が好みだったから。ビニールカバー、布張りの上製本に題字はラベル。どきどきして家に帰ったら、布とラベルの柄が印刷されたハードカバーだった。

東京百景 (ヨシモトブックス)

東京百景 (ヨシモトブックス)

  • 作者:又吉 直樹
  • 発売日: 2013/08/26
  • メディア: 単行本
 

 「東京百景」は、100編のエッセイをまとめたもので、章タイトルのほとんどには都内地名か、目の前の風景が入れられている。著者が眺める東京と生活、日常。実際に体験したことや思ったことなどもコミカルに書いていたり、自虐っぽく書いていたり。私は「又吉直樹のヘウレーカ!」でMCをしているところくらいしか見たことがないけれど、あの人が書いた文章っぽいな、と勝手に腑に落ちた。

100編のエッセイの中で、ひとつだけ、毛色が違う章がある。それがすごく印象に残っていて、それをふとした時に、思い出す。

『三十六 † 堀ノ内妙法寺の雨降る夜』
この章だけ(おそらく)は、著者の視点で語られていたそれまでと違い"村に住む僕"の視点で始まる。この"僕"は、著者なのか、それともこの話における主人公なのかもわからない。
村に来た劇団の公演を"僕"が観る話なのかと思えば、その舞台はタイトル通りに、夜の妙法寺なのだ。エッセイ然としたエッセイ集を読んでいたつもりだった私は、突然あらわれた、荒唐無稽なストーリーに動揺した。幻想的な表現で綴られているのだけれど、「年に一度しか村に来てくれない劇団の公演中になぜ喋るのか?なんの権限があって喋るのか?」という、劇場あるある的心情が書かれていたりするのがシュールだ。わかる。

私はこの章のことを、コンビニの帰り道とか、夕方に家のゴミ捨て場を通り過ぎる時なんかに思い出す。何度も読み返しているわけではないし、オタク的に熱狂したわけでもない。けれど、そういう作品がふと頭をよぎる時、「なんかいいな」と思う。本が好きでよかった。

 

ブロークバックマウンテンは夜勤明けに見るべき映画ではないが、素晴らしい映画である。

 映画を観た。

ブロークバックマウンテン(2005) 

 
ずっと気になってリストに入れてはいたのだけれど、実際には長らく鑑賞できていない映画でした。そのものの感想と言うよりは、鑑賞した上で思ったこと、考えたこと。
 

まえおき

映画について話す前に、少し前置きの話をしたいと思う。

近年、ゲイ、レズビアントランスジェンダーをはじめとするセクシュアルマイノリティーを主題とした映画、もしくは主人公やメインキャラクターがセクシュアルマイノリティーとして設定された映画やドラマを『LGBTQ映画/ドラマ』という見出しで見かける機会が多くなった。レインボー・リール東京(2016年"東京国際レズビアン&ゲイ映画祭"から名称変更された")や関西クィア映画祭など、積極的にセクシュアルマイノリティに関する映画の放映機会を作るイベントも各地で開催され、それらのイベントの知名度も確実に上がっているように思う。
その一方で、BL作品の実写化(※同性間の恋愛を主題とするという意味で、ここでは広義のLGBTQ作品として扱います)や、"LGBTQ映画・ドラマ"として制作される一部の作品では、制作関係者やキャストによる、不誠実な言動や配慮不足な言動が表に出て論争が起こったりもしていて、特にここ数年はいろいろと考えてしまうことが増えていた。
 
"LGBTQ映画"という語は、一つのジャンルを表す表現となったように感じる。
 
名前をつけるということは、多くの人に伝わるようにするという行為だ。その反面、実際に使用する側の理解が十分ではないまま、その名前だけが一人歩きするというリスクもある。LGBTQ映画という語を使えば、セクシュアルマイノリティーに関係するストーリーの作品なんだなとひと目でわかる。
この国では、いまだ同性婚が合法化されていない。身近ではないと感じている人も多くいることはわかっている。身近でない立場の人にとってみれば、LGBTQ映画というタグ付は、キャッチーで、センセーショナルで、商業エンタメを作る上で恰好の題材なのかもしれない。
 
ねえ、もうそろそろ2020年も終わるんですが……???
 
めちゃめちゃ誠実に作られていると感じる作品はある。この作者なら安心して観られる、読めると思う作家さんもいる。その一方で『ある属性であるということが(それ以外の属性のための)"消費に使われている””おもちゃにされている"』というような感覚に遭遇することが多くなって、まあまあしんどくなってきて、特に同性愛を主題とした作品は、話題作であってもかなり慎重に選ぶようになっていた。(なお、"ハーフオブイット: 面白いのはこれから"は最高だった。これもそのうち記事が書ければいいと思う

 

ブロークバックマウンテンは夜勤明けに見るべき映画ではないが、素晴らしい映画である

意を決して観ました。ブロークバックマウンテン。しかも何故か夜勤明けに。めちゃくちゃカロリーを消費した気はしますが、とてもよかった。
 
物語は1963年から始まる。アメリカの60年代といえば、様々な人権運動が活発だった時期だ。ゲイ解放運動が行われ始めた時期でもあり、69年にはストーンウォールの反乱が起きる。そういった社会背景があった時代の物語として、この映画は描かれている。
 
 観賞後になんとなく作品のWikipediaをひらいたらこんなことが書かれていた。
公開当初は「ゲイ・カウボーイ・ムービー」と評されたりもしたが、監督のアン・リー自身この映画を「普遍的なラブストーリー」と強調しているように、そのテーマが観客に広く受け入れられ、低予算で作られたにもかかわらず、アメリカ国内外で記録的な評価と興行収入をもたらした。-ブロークバック・マウンテン - Wikipedia 

監督が強調したように「普遍的なラブストーリー」だ。決してハッピーエンドとは言えないけれど。どんなに愛し合っていようが価値観が噛み合わない瞬間とか、人間がそこに二人いれば誰にでも起こりうることだ。そういうありきたりなもどかしさが描写されていた。「社会的な性役割を果たさなければならない」という自己の固定観念や周囲からのプレッシャー、価値観の相違、親として果たしたいこと、個人として果たしたいこと。そういう普遍性に、60年代のアメリカで同性同士で愛し合うことによって無条件で背負わされる理不尽なリスクが上乗せされる。それらは、現代よりもさらに濃く、あからさまだ。観ている方も苦しい。苦しいんだけれど嫌いになれなくて、画面を見続けてしまう。そんな感覚を映画で味わうのは久々だった。

美しく純粋なばかりではいられなくて、不格好に傷ついて、不器用に傷つけて、それでも他者と繋がりを持つ。それが人間であるということなんだろうと思う。

 

 

さいごに

現在LGBTQ映画と呼ばれている映画たち(そのほとんどはラブストーリー)が『"セクシュアルマイノリティーの恋愛が"題材だから』と言う理由で、ストレートの恋愛を描く"ラブストーリー”と別のものとして扱われる機会がまだまだ多い。あらゆる恋愛の物語が『ラブストーリー』として語られる日は、いつになるだろう。LGBTQ映画という呼称すら過去のものになる時代が、いつか来るのだろうか。私が生きているうちにそんな世界を体験できるのかもわからない。ブロークバックマウンテンは、ジャックとイニスは、"多様な恋愛模様や人生模様があるこの世界の一部分を切り取った、そのなかのたまたまひとつ"として描かれた。そういうフィクションがこれからももっと増えていけばいい。

私は、ハッピーエンドや勧善懲悪のストーリーをのみ摂取するだけでは生きてはいけない。ポップコーン映画的な純度の高いエンターテイメント作品を無邪気に楽しみたいことはもちろんある。でもそれだけではだめなのだ。

私には、現実や時代や他者と向き合うためのチューナーとなってくれる作品が必要だ。そしてその役目を負ってくれる作品たちは、5年後、10年後に再度鑑賞した時、また新しい発見をもたらしてくれる。ブロークバックマウンテンは間違いなくその役目をまかせたくなる映画だ。数年後、再見した時、私は何を思うだろうか。

2019年鑑賞映画タイトル一覧

※2020/02/13のnoteからのお引越し記事です。メモ用

 

アナと雪の女王

さらば、わが愛覇王別姫

しあわせのパン

ぶどうの涙

ローグワン

バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生

ジャスティスリーグ

キャプテンアメリカ THE FIRST AVENGER

マン・オブ・スティー

ワンダーウーマン

キャプテンアメリカ ウィンターソルジャー

キャプテンアメリカ シビルウォー

アベンジャーズ インフィニティウォー

3月のライオン前編

3月のライオン後編

御法度

スパイダーマン:スパイダーバース

ドクターストレンジ

東京喰種

The Death and Life of Marsha P Johnson

劇場版BLOOD-C The Last Dark

AKIRA

虐殺器官

夜明け告げるルーのうた

グッバイ・サマー

人狼(韓国実写版)

ゼロ・ダーク・サーティ

レディ・プレイヤー1

ハリケーンビアンカ

ハリケーンビアンカ ロシアより憎しみをこめて

アナイアレイション−全滅領域−

アベンジャーズ エンドゲーム

アベンジャーズ

アイアンマン

アイアンマン2

マイティ・ソー

オーシャンズ8

裏切りのサーカス

オールドボーイ(パクチャヌク監督版)

セブン

レオン

ウォールフラワー

ダンケルク

イミテーション・ゲーム

LOGAN

親切なクムジャさん

お嬢さん

シークレットウィンドウ

ボーンコレクター

殺人の告白

パッセンジャーズ

黒く濁る村

南極料理人

探偵はBARにいる

探偵はBARにいる2

探偵はBARにいる3

哭声

アクアマン

ゴールデンリバー

キャプテンマーベル

Gifted

サバハ

スノーピアサー

スパイダーマン ファーフロムホーム

ヒットマンズ・ボディガー

Okja

ベイビードライバー

幸福都市

記憶の夜

監視者たち

ファイ 悪魔に育てられた少年

京城学校:消えた少女たち

ゾディアック

晴れ、ときどきリリー

スプリット

工作 黒金星と呼ばれた男

コインロッカーの女

秘密

チェイサー

イカロス

HOT SUMMER NIGHTS

ニューヨーク眺めのいい部屋売ります

ANIMA

僕と世界の方程式

技術者たち

BLEACH(実写版)

永遠に僕のもの

ザ・サイレンス 闇のハンター

るろうに剣心(実写版)

るろうに剣心 京都大火編

るろうに剣心 伝説の最期編

先に愛した人

ミュージアム

二ツ星の料理人

西の魔女が死んだ

聖の選手

ブレードランナー

アベンジャーズ エイジオブウルトロン

アントマン

アントマン&ワスプ

ファンタスティックビーストと黒い魔法使いの誕生

ブレードランナー2049

新感染 ファイナル・エクスプレス

妖怪大戦争(2005)

海月姫(実写版)

うさぎドロップ

TO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ

ダークナイト

ランペイジ 巨獣大乱闘

JOKER

X-MEN  ダークフェニックス

X-MEN

X-MEN2

X-MEN THE LAST SATND

X-MEN FIRSE CLASS

X-MEN DAY OF FUTURE PAST

X-MEN アポカリプス

見えない目撃者(中国版)

HiGH & LOW THE MOVIE 3

メットガラ ドレスをまとった美術館

劇場版 魔法少女まどかマギカ[前編]始まりの物語

劇場版 魔法少女まどかマギカ [後編]永遠の物語

I, TONYA

ウィンド・リバー

アトミックブロンド

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

天気の子

Long Time No see

メソッド

GLASS

グエムル 漢江の怪物

ANEMONE エウレカセブン・ハイエボリューション

バーレスク

シュガーランドの亡霊たち

 
 

映画「ジュラシックワールド」ー映画をどう楽しむか。

※2020/04/46のnoteのお引越し記事です

まじで今更感がつよいですが、映画ジュラシックワールドを鑑賞しました。

図鑑やドキュメンタリー風の映像で観る恐竜は好きなのだけど、ちいさいころからパニックムービーの災禍(これもただしい表現じゃない気もするが)として描かれる恐竜はこわくて、ジュラシックパークシリーズは過去作含め、いままで何度も観ているはずなのに、なにひとつストーリーを覚えていない。

のですが、いいかげん大人になったことだし(?)今ならイケるのではなかろうか。クリス・プラット主演だしな!!!!!というほぼ勢いに近いマインドになったのだ。私の行動はいつも超唐突である。

 

先述した通り、パニックムービーの"恐竜"がこわいためあまり観ない。というのもあるんだけど、パニックムービーというジャンル自体があまり率先して観るジャンルではない。なぜパニックムービーではひとをイライラさせる行動をするキャラクターをフォーカスするんだろう、と脳内で愚痴りつつ、それも物語でリアリティのある人間や人間の愚かさを描写するテクニックなんだよな〜とか思ってる。知らんけど。

ジュラワも中盤までは、パニックムービーあるあるのイライラとハラハラと恐竜怖いが畳みかけてきて爆発しそうになったんですが、なんか気づいたら食い入るように観てた。いや、やっぱりあの人工恐竜インドミナスは死ぬほど怖いのだけれど…

ラプトルとオーウェンの描写は逐一心を掻き毟られそうになった。異種間の信頼関係や繋がりみたいなものを描く物語は結構あるけど、これからも一緒さ!ハッピーエンド!!!みたいなやつの場合はなんか無条件にほっとしますよね。どれだけご都合主義だと言われようがさ、ランペイジとかめっちゃいいじゃん。この作品はそうじゃなくて、お互いに関係を築いたけど、種族の違いは深い谷のように存在していた。それは環境的なものだったり、一時人間を襲ったという事実ができてしまったことだったりで濃く眼に見えるようになった。それをオーウェンは、そしてブルーもそれぞれにわかった上での別離だったように感じました。オーウェンの、人間としてできる最大限の良い別れ。

続編では幼体のラプトルが出る?っぽいし、そうじゃなくても気になるので観てみようかなと思います。

ところで、ラストの避難所のシーンで、「私たちどうしたらいいの?」と問うクレアにオーウェンは「一緒にいよう、生きていくために」みたいな感じで答えましたけど(英語の意訳だから字幕とも吹き替えとも違ってると思うんでもし合ってなかったらすまん)、なんかまじそれなという感じだったんですよね。インタビューとか読んでいないし、ジュラシックワールドがどんなテーマで作られた作品かはっきりとはわからないんだけど、これを言わせたかった(言いたかった)んだろうなあと、なんとなく思った。人と人が一緒にいる理由は、友情であったり、恋愛関係であったり、家族であったり、それは当人たちがいいものと感じているかそうでないと感じているかを問わず、たぶん無数にある。それぞれがどう感じていようが、人と人が寄り添ってしまう、何かしらの関係を築きながら生活してしまうその際たる理由は、”ただ今わたしたちが生きていくため”なのかも。

唐突に話が変わりますが、序盤〜中盤で観てるのがしんどい映画をラストまで鑑賞しきることはそんなに多くない。今回はラストまで観ることができたけど、だからって全肯定で手放しに拍手喝采面白かったね!!!!となれるわけじゃない。ラストまで行けないままギブアップしちゃう作品だってあるし。

でも、それでいいんじゃないか?

最近はそう思えるようになりました。

何かを好きだからといってその”何か”の隅々までを好きでいなくちゃいけない理由はない。

ポジティブな感情を持ったシーン、ネガティブな感情を持ったシーンそれぞれに、自分はどうしてそう思ったのか。そのシーンのどんなところにそう感じたのかを考えて、紐解いて、今の自分を見つめる鏡になってくれる映画というものが、心底好きです。