謡う鯨

映画やドラマを観たり芸術について考えたり書籍やコスメを爆買いしたりする。SF小説が好き。美術館や博物館にしばしば出現します。

「東京百景・三十六 † 堀ノ内妙法寺の雨降る夜」を読む

読んでから少し時間が経ってしまったけど、この本のことをふと思い返す瞬間があるので、感想のようなものを書く。2019年6月18日読了という記録が残っていました。

東京百景 (角川文庫)

東京百景 (角川文庫)

 

 知らぬ間に文庫版も出たらしい↑

又吉直樹さんが「火花」で第153回芥川賞を受賞して話題になり、二作目の長編「劇場」が出版され、どんどん映像化されていくのをなんとなく横目で眺めていた。私は本が好きだけれど、流行り物が流行ど真ん中の時期は、たいてい一歩引いてしまう。食指が動かないという感覚だろうか。全く興味がないわけではなくとも、たどり着くまでにかなりの時間を要する。ある日、本屋の話題書コーナーに、上記の二作と共に平積みされていたのが「東京百景」の単行本だった。あまり深く考えずに、既に手にしていた本とともにレジに持っていった。装丁が好みだったから。ビニールカバー、布張りの上製本に題字はラベル。どきどきして家に帰ったら、布とラベルの柄が印刷されたハードカバーだった。

東京百景 (ヨシモトブックス)

東京百景 (ヨシモトブックス)

  • 作者:又吉 直樹
  • 発売日: 2013/08/26
  • メディア: 単行本
 

 「東京百景」は、100編のエッセイをまとめたもので、章タイトルのほとんどには都内地名か、目の前の風景が入れられている。著者が眺める東京と生活、日常。実際に体験したことや思ったことなどもコミカルに書いていたり、自虐っぽく書いていたり。私は「又吉直樹のヘウレーカ!」でMCをしているところくらいしか見たことがないけれど、あの人が書いた文章っぽいな、と勝手に腑に落ちた。

100編のエッセイの中で、ひとつだけ、毛色が違う章がある。それがすごく印象に残っていて、それをふとした時に、思い出す。

『三十六 † 堀ノ内妙法寺の雨降る夜』
この章だけ(おそらく)は、著者の視点で語られていたそれまでと違い"村に住む僕"の視点で始まる。この"僕"は、著者なのか、それともこの話における主人公なのかもわからない。
村に来た劇団の公演を"僕"が観る話なのかと思えば、その舞台はタイトル通りに、夜の妙法寺なのだ。エッセイ然としたエッセイ集を読んでいたつもりだった私は、突然あらわれた、荒唐無稽なストーリーに動揺した。幻想的な表現で綴られているのだけれど、「年に一度しか村に来てくれない劇団の公演中になぜ喋るのか?なんの権限があって喋るのか?」という、劇場あるある的心情が書かれていたりするのがシュールだ。わかる。

私はこの章のことを、コンビニの帰り道とか、夕方に家のゴミ捨て場を通り過ぎる時なんかに思い出す。何度も読み返しているわけではないし、オタク的に熱狂したわけでもない。けれど、そういう作品がふと頭をよぎる時、「なんかいいな」と思う。本が好きでよかった。